古典と量子の世界の概略#

我々の生きる世界#

まずは量子から離れた話をしましょう.中学や高校において興味を持って聞いていたかは置いておいて,ほとんどの人は物理の授業を受けたと思います.レンズの公式や空気中の音速の公式など具体的な対象を取り扱う式もあったと思いますが,最も有名な物理の式はNewton(ニュートン)の運動方程式

(1)#\[\begin{align} F = ma \end{align}\]

に違いないでしょう.見た目の簡潔さを加味したとしてもこの抽象的な式が最も有名なのはその重要度によるものです. \(F\)は力の大きさで\(m\)は質量,\(a\)は加速度として与えられ,重い物体が動かしにくいというメッセージにも取れるこの式を見たところで「だからなんなのだ」と感じてしまった人もいることでしょう.しかし,この簡単に見える公式にはそれ以上の情報量が含まれています.加速度\(a\)は速度\(v\)の時間当たりの変化であり,速度\(v\)は位置\(x\)の時間当たりの変化であることから,時間に関しての微分形を用いて記述すると

(2)#\[\begin{align} F = ma = m\frac{dv}{dt} = m\frac{d^2 x}{dt^2} \end{align}\]

という形で表されます.つまり,ある時刻 \(t_0\) における位置 \(x_0\) と速度 \(v_0\)と時刻tでの力\(F(t)\)さえ与えられていれば,時刻 \(t(>t_0)\) においての運動は

(3)#\[\begin{align} v(t) &= \frac{1}{m} \int_{t_0}^t F(t') dt' + v_0 \\ x(t) &= \frac{1}{m} \int_{t_0}^{t} \left(\int_{t_0}^{t''} F(t') dt' \right) dt'' + v_0 (t-t_0) + x_0 \end{align}\]

として設定した座標系において完全に掌握できることになります. かかる力というものはポテンシャル\(V(x,t)\)を用いると運動方程式は

(4)#\[\begin{align} F = m\frac{d^2 x}{dt^2} = -\frac{d}{dx}V(x,t) \end{align}\]

として導入されます.ここでポテンシャルというのは山や谷のようなものだと思ってください.よってポテンシャルの概要を知ることで現在の情報からどのように運動するか,場合によっては過去にどのような運動をしていたかを知ることができるのです.工学分野などのありとあらゆるデバイスにまつわる現代技術の根幹がこの式などによって裏付けされています.また,究極的に言えば,身の回りのすべての現象は周りの風力などの外的な環境の情報であるポテンシャルをもとに運動方程式をたてて解くことによって,ある時刻\(t\)における身の回りのあらゆる物体の運動を知ることができるのです.つまり,古典力学ではすべての物事は既に決まっている方向に動いていると考えるため決定的と呼ばれています.また,Newtonの運動方程式が良い精度で成立する世界を古典力学の世界と呼ぶことにします.

量子の世界の概略#

実は,Newtonの運動方程式は正確ではありません.というよりも,議論する系,運動のスケールによって正確でなくなります.簡単に言うと,

  • (i)分子や原子スケールの系,

  • (ii)光速に近い速度の運動を行う時

に運動方程式で議論することができなくなります.

(i)は現在の量子力学であり,(ii)は電磁気から出発した特殊相対論の話となります.本教材では非相対論的に扱える対象しか議論しないため(ii)の話は割愛します(高エネルギーの物理学を扱う時には量子力学に特殊相対論を入れ込んだ相対論的量子力学や場の量子論につながる話となります).
量子力学においてNewtonの運動方程式に対応するものは以下のシュレディンガー方程式という方程式です:

(5)#\[\begin{align} i\hbar \frac{\partial}{\partial t} \phi(x,t) = \left( -\frac{1}{2m} \frac{d^2}{dx^2} + V(x,t) \right) \phi(x,t). \end{align}\]

少々見慣れない文字や記号が出てきてしまっているかもしれませんが,明らかにニュートンの運動方程式と上のシュレディンガー方程式は違う箇所があります.それは粒子の位置である\(x(t)\)がこの方程式に含まれていないことです.代わりに,波動関数(\(\phi(x,t)\))と呼ばれる波のようなものが式に使われています.実際にこのシュレディンガー方程式を解くことで\(\phi(x,t)\)の各時刻での値を調べることができるのですが,先ほど説明したように\(\phi(x,t)\)は粒子の位置ではありません.\(\phi(x,t)\)は粒子が時刻\(t\)に位置\(x\)にいる確率の分布にあたるものなのです.

すなわち,量子の世界では古典力学とは異なり粒子の位置を完全に知ることは不可能です.(粒子の位置を知ることができるという感覚自体がそもそも古典的であり,位置を知ることができると思っていること自体間違いなのかもしれません.)
この意味で量子力学では確率的であるということができます.

古典と量子の視覚的な比較#

古典と量子の違いを分かりやすくするために以下の比較を行いましょう.
例えば,ある物体がバネのようなものにつながっている場合を考えます.
まずは物体が鉄球であるとしましょう.鉄球はばねにつながっていれば以下のアニメーションのように,\(x\)軸上を往復運動するはずです.

では量子ではどのようになるのでしょうか?量子力学がよく成立するのは電子などの極微小な世界です.つまり物体が電子だった時,粒子は量子的になるため,シュレディンガー方程式に従い,確率の分布が時間によって動きます.つまり,以下のアニメーションのように,縦軸を横軸上の位置の確率として以下のように振動をします.(もちろん,確率分布は同じ形状を保つとは限らず以下のアニメーションはあくまでイメージになっています.)

もし仮に何かの装置を使って振動をしている電子がx上のどこにいるかをこの過程の中で観測したとすれば,粒子は確率分布に従ってある位置に検出されます.しかし,それがどこなのかは確率分布からはある程度推測できるものの,粒子が絶対にここにあるとは全く予測ができないのです.